日本におけるORCIDコンソーシアムを設立する明示的な検討は、2017年9月に国内の会員機関のORCID担当者による会議から始められました。それまでにもコンソーシアム設立に対する期待はあったものの、実現に向けた明示的な行動は見られませんでした。しかし、この会議の後、現在に至るまでの2年間で次のようなアクションを行ってきました。
2018年4月にコンソーシアム運営委員会(Steering Committee)を設置しました。委員は個別参加をしている機関や企業の担当者です。この会議では、日本におけるコンソーシアムの役割や意義といった次元の問題から、コンソーシアムを運営するための事務作業に関することまで議論しています。また、2018年は次の2つの成果を残しています。
- 2018年6月、コンソーシアムの必要性を説いた設立趣意書を発表。
- ORCID文書翻訳プロジェクトを発足。
国内におけるORCIDの啓発活動の一環として、2018年4月、2018年12月、2019年6月のメンバミーティングおよびワークショップの開催しました。この後の私の記事でも触れますが、これらのイベントを通して、会員ではない機関からの参加者のみならず、機関会員の担当者や関係者も、ORCIDとそれを支えるコミュニティの意義についての理解を深めたと言えるでしょう。
かねてより運営委員会が説明と交渉を進めていたAXIES大学ICT推進協議会が、2019年5月にORCIDコンソーシアムのリード機関となることを決定しました。AXIESは、高等教育機関を対象とした教育ICTに関する共同開発や共同購入を目的として設立された法人です。認証基盤の普及や開発の実績もあったことから、ORCIDへの理解を示していただけました。そして、実質的な受け皿となるORCID部会というセクションを立ち上げ、この部会を中心にコンソーシアムの活動を進めていくことになりました。この部会は、実質的に上述のコンソーシアム運営委員会と同じものです。
コンソーシアム運営委員会は月1回、オンライン会議の形で行われてきました。これまでに14回行いましたが、リード機関が決定してからは月に2回行っています。最低でも次年度(日本は3月)からの実質的な始動に向けて準備を進めているところです。
ORCIDのエグゼクティブディレクターであるLaure Haakは、今回ニュースの日本コンソーシアム設立に大変嬉しく感じております。「日本ORCIDコンソーシアムの設立は、研究管理の改善に対する日本の研究部門の共通のコミットメントの強さ増すことができます。 日本コンソーシアムは、研究者間および大学、研究機関間でのデータ共有と研究情報システムの相互運用性の向上に専念していただき、今後日本のORCIDに期待しております。 ORCIDは日本コンソーシアムと一緒にこれらの取り組みに参加することを大変楽しみにしております。
日本ORCIDメンバーシップ開始から現在に至るまで、5年程の時間が経過し、すでに19ものメンバーシップ参加機構がございます。日本では、ResearchMap、DB-Spriral、s2idなどのツールが日本国内で普及されていることから、世界で利用されているORCIDシステムとの連動が必須になります。こちらも現在各システム機構と連結を行っており今年から来年にかけて完成する予定となっております。
これらのシステムと連動を図ることで、日本でORCIDメンバーシップが増え、日本国内のみならず世界との繋がりが密接になり、より交流する機会が増え、科学者、研究員、各日本機構と世界機構との連動がより便利なツールの一つになることを信じております。
また今後の動向として、現在メンバーシップ参加機構が増えたことで日本コンソーシアムの設立のスケジュールも予定しております。年内には森氏筆頭の下、コンソーシアム設立に向けてORCIDとの契約を準備しており、年内から様々なイベントも開催予定です。
今後のORCIDとコンソーシアムの動きに期待し注目していただければと思います。
Atlas
Society to ORCIDは、ORCIDメンバー機関が研究者のORCIDレコードに情報を書き込むためのツールです。現在、5つの大学、研究機関に提供しており、いくつかの機関が導入を検討中です。
Society to ORCIDで実現できることは、
- 機関に所属する研究者のORCIDレコードへの書き込み(書き込まれた情報のソースはメンバー機関名)
- その研究者の業績の追跡、
の2点です。1.の書き込みの具体例としては「所属情報」、「業績」、「表彰」があります。
Society to ORCIDのコンセプトは「ORCIDメンバーである利点を活かせるものを低いハードルで提供する」です。そのため、研究者ではなく、ORCIDメンバー機関の方が情報を記載したExcelファイルをアップロードするだけで利用できる大変シンプルな作りになっています。
ORCIDメンバーとして目に見える成果を出したい大学や、大学の基幹システムを改修するにはコスト面で難しい大学に適したツールです。
Society to ORCIDのプロジェクトメンバーは、ORCIDレコードの充実と信頼性の高い情報ソースが大事だと考えています。今後も、研究者の様々な活動に対して、各機関が手間なくORCIDに情報を書き込めるようにお手伝していきたいと思っています。
SRA Tohoku
当社は、大学をはじめとした学術・研究機関向けの研究業績データベースである「DB-Spiral」の販売・導入を2005年から続けており、現在では日本全国で60を超える機関への導入実績があります。
開発当初の DB-Spiral は、研究者自身が直接データを入力することを前提とし、組織内に閉じたシステムでしたが、近年では外部のデータベースとのデータ連携が必要不可欠になってきています。
DB-Spiral の連携対象のひとつである ORCID は、研究者を一意に識別するためのID であるだけでなく、出版社や学会を含んだ包括的な仕組みを提供しているという点で優れていると感じます。特に、論文に DOI が付与されるタイミングで ORCID のマイページに自動的に登録される「Auto Update」の機能と機関側から電子認証・認可を介して書き込んだデータに「Source」が明示される機能は非常にユニークです。
DB-Spiral と ORCID を連携することによって、研究者は自身の業績や経歴を「正しく」「時間をかけずに」組織内のデータベースに取り込むことができるようになりました。このことは、組織内データベースへの登録率の向上と登録データの質を
高めることの両方に大きく寄与しています。
また、機関が組織内データベースで管理されている人事情報を ORCID に書き込むことにより、自組織に所属している研究者の身元を ORCID 上で保証することができるようになる点は、学会や出版社にとって大きなメリットに繋がります。
今後、日本コンソーシアムの設立に伴って多くの機関が ORCID を認知し、その活用のための取り組みを始めると予想します。当社は確かな開発力を持ったベンダーとして、その活動をサポートしていきたいと考えています。
JST
JSTはイノベーションへの貢献を目指し、研究開発に必要とされる科学技術情報の収集・体系化などを行っています。ユーザーの利便性向上のために国内外の関係機関との連携も実施してきましたが、世界でスタンダードとなっているORCIDとの連携も進めてきました。日本の研究者情報するデータベースである「researchmap」や、DOI(Digital Object Identifier)の登録を行う「ジャパンリンクセンター」(JaLC)との連携事例を紹介します。
researchmapには現在約29万人の研究者が、その所属や経歴、研究分野などの基本的な情報に加え、論文、書籍、講演・口頭発表や特許など3,000万件を超える業績情報を登録しています。これらの情報は、研究者毎のホームページ「マイポータル」を通じて広く発信することができます。
researchmapでは、2013年からORCIDとデータ連携を開始し、ORCIDで公開している業績情報をresearchmapへ取り込む機能を実装しました。ORCIDは、検証済みの信頼性の高いデータ(論文投稿時に著者がORCIDを使えば、その論文が出版された時に自身のORCIDレコードに自動的に追加される)が登録されているため、ORCIDで業績を管理している研究者は、その信頼性の高い業績データを容易にresearchmapに取り込む事が可能となり、研究者からは利便性が向上したとの評価を頂いています。今後は電子認証プロセスの導入によるORCID上の限定公開情報の取り込みや、researchmapデータのORCIDへの登録など、更に連携を進めていきたいと考えています。
また、JSTでは国立研究開発法人 物質・材料研究機構 (NIMS)、 大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構国立情報学研究所 (NII)、 国立国会図書館 (NDL) と共にJaLCを運営しています。JaLCでは、研究者が自身の業績を管理する際の負担を軽減するために、ORCIDと連携し、ORCID「著作・業績の追加」の「検索とリンク」から、JaLCに登載された論文を容易に検索しORCIDの著作・業績に登録できるようにする予定です。これは2020年4月頃に実現する予定です。その後も、JaLCの会員(JSTが運営する日本の電子ジャーナル出版プラットフォーム:J-STAGE等)と歩調をあわせつつ、 ORCIDとの連携を強化していきたいと考えています。
一方、JSTはCREST、さきがけなどのファンド事業を有する研究助成機関の顔も合わせ持ちます。JSTがファンドを行った研究開発課題がどういった成果を上げたのかを把握することは非常に重要です。ORCIDに蓄積される研究者と成果情報を活用してJSTの研究開発課題の成果情報をより、正確に把握されることが期待されます。
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私個人としては、コンソーシアムの設立まで時間がかかりすぎている感じもしています。しかしその分、ORCIDに対する理解やその活用についての議論が深まったと思います。というのも、ORCIDに研究情報のマネジメントだけでない、次のような価値を見いだすことができたからです。
例えば、博士課程の修了者のキャリアトラッキングのツールとして、ORCIDの活用が挙げられます。研究支援の文脈だけでなく、高等教育の質保証の文脈でもORCIDに高い価値と意義を見いだすことができます。
また、研究者の学歴・職歴に関する情報に大学や機関が信頼を付与することができる機能は、研究分野や国境を超えて学術研究活動の信頼性を高めることに寄与するものです。時間はかかりましたが、その分、日本のコンソーシアム設立に関わった人々はこうした認識をすることができるようになったと思います。
こうした認識ができるようになったことは、運営委員長としてORCIDに関わり私自身が実感していることです。そうして、ようやくPersistent IDであるORCIDの難解な運営モデルについて、私なりに3つの簡単な要素に分解して説明ができるようになりました。
- 普及促進のため、ユーザは無償でIDを取得し、その利益を得ることができる。
- 一方で、ユーザが所属する機関が機関APIを用いてIDに信用を付与する。
- 機関はORCIDに賛同し、ORCID運営を支える(そしてAPI利用権を得る)。
3つ目については、2018年1月にリスボンで開かれたメンバワークショップで、各国のコンソーシアムのコーディネータの皆さんの話を聞いて、気づきを得ました。
コンソーシアムに機関を勧誘する方法は、上記のことを理解してもらうのが一番良いのですが、経験的に困難であるとおもいます。すこし俗物的な方法ではありますが、THE世界大学ランキング上位50大学で、ORCIDに機関参加しているところは85%近くあるという報告(2018年11月現在)をしたことがあります。これには、研究大学を標榜する大学の執行部は反応を見せたそうです。研究大学であれば、ORCIDに理解を示して運営を支えるのは常識であろうということです。
日本のコンソーシアムに関わった人々の特徴として、単にCRISや学術リポジトリの担当者だけではないことが挙げられるでしょう。Research AdministratorやInstitutional Researchなどの担当者が大学や機関の経営戦略の観点からORCIDに注目しています。このブログも、ちょうど14回目の運営委員会が終わった後に書いていますが、今回も活発な議論がなされました。日本のコンソーシアムはORCIDの普及を推進するとともに、研究支援だけでない多面的な展開を見せていくことになると思います。
最後に、すでに元ORCIDスタッフとなっておられるにも関わらず、日本コンソーシアムの設立に惜しみない助力をいただいた宮入暢子さんに感謝を述べたいと思います。ありがとうございます。